
「スポーツには公正さが求められる」といった表現を耳にすることが多くあります。
特に競技の場面では、その傾向がより強くなります。
それでは、公平であるとは一体どういうことなのでしょうか。
スポーツにおける「公正」とは、どのような意味を持つのでしょうか。
カメラを構えていて面白いのは、対戦相手同士が同格の場合。
あまりにも差があると、一方的な展開になり、迫力ある写真は撮れません。
(※2025年6月20日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)
「自分に合った舞台で輝くために」柔道家・角田夏実さんから
私は現在、女子柔道の最軽量である48キロ級を主戦場としています。
五輪では男女それぞれ7つの階級が設けられており、その中で私は日々戦っています。
今年4月、体重による制限がない全日本女子選手権に出場いたしました。
小柄な私でも、体格の大きな相手に臆せず挑む姿を見せたいと考えてのことでした。
初戦の相手は、体重が約90キロある高校生でした。
相手の袖をつかんだ手を振り払われた瞬間、その圧倒的な力に肩が抜けそうになったほどです。
1回戦、2回戦は何とか勝ち進めたものの、準々決勝で敗れてしまいました。
自分よりはるかに大きな相手との試合の翌日は、体中が痛み、まるでぎっくり腰のような状態でした。
足首は捻挫し、手首や指の関節にもけがを負い、回復には約2週間を要しました。
こうした経験を通じて、体格ごとに分かれた階級があるからこそ、接触の多い競技でもけがのリスクを減らせるのだと実感しました。男女の区分も同様に、選手が安心して試合に臨むために重要だと感じます。
幼い頃は男子に負けたくないという気持ちもありましたが、成長とともに骨格や筋肉量の差がはっきりと出てきます。
ある男子選手からは、「関節が柔らかい女子を全力で投げるのは怖い」と言われたこともあります。
実際、私自身も男子選手との練習で何度もけがを負ってきました。
パリ五輪を目前に控えた時期には、左肩を亜脱臼するけがもしました。
男子との練習を積極的に取り入れてはいますが、試合と練習とでは力の入れ方がまったく異なるのです。
かつては52キロ級で活動していましたが、東京五輪の代表争いで阿部詩選手に大きく差をつけられたことを受け、2019年から48キロ級へと階級を変更しました。
東京五輪の出場には届きませんでしたが、その過程で自分に合った柔道のスタイルを見つけることができました。
52キロ級で多用していた背負い投げなどの技は、48キロ級の小柄な選手にはかけにくいため、現在はともえ投げを中心としたスタイルを築いています。
階級を下げたことで、筋力も以前より増し、より強くなれたと感じています。
複数の階級が存在することで、自分の体格や技術、相手との相性に合わせた最適な舞台を見つけることができます。
もし階級制度がなく体重無差別でしか戦えなかったなら、小柄な選手が結果を出すのは非常に難しかったでしょう。
自分の体に合った階級で戦えることは、公平性の観点からも非常に重要です。
また、階級を変えるという選択肢があったからこそ、私自身は成長し、確かな成果を残すことができたと感じております。
「ジャンプ競技に見る公平の形、文化とルールの交差点」全日本スキー連盟会長 原田雅彦さんから
スキージャンプの世界では、スーツやスキー板の仕様に関する規則が毎年のように見直されています。
たとえば、1998年の長野五輪で日本勢が目覚ましい活躍を見せた後、スキー板の長さについての規定が「身長+80cm以内」から「身長×1.46倍以内」へと変更されました。
日本の選手たちは欧州の選手と比べて身長がやや低い傾向にあるため、新たなルールが日本にとって不利なのではないかという声もありました。
しかし、特定の国だけに不利益をもたらす意図で変更されたとは考えにくいと感じています。
この競技は、もともと両足の板を平行に保った飛び方が主流でしたが、1990年代のはじめから板の先端を開いた「V字型」のフォームが主流となり、飛距離が飛躍的に伸びるようになりました。
技術革新が進む一方で、安全面への懸念も高まりました。
1998年のルール変更も、選手の安全確保が背景にあります。
ジャンプ選手は、少しでも遠くに飛ぶために細かな工夫を凝らします。
しかし、それらの工夫が競技のルールによって制限される場面も少なくありません。
仮にルールの運用や変更が特定の国に有利・不利を与えていると感じることがあるとすれば、それは単なる制度の問題ではなく、文化的な背景の違いに起因する部分もあるかもしれません。
たとえば、スーツの規定では、股下部分の表面積は厳密に管理されており、揚力に大きな差が出ないように工夫されています。
しかし過去には、胴回りの規定が緩やかだった時期に、ある国の選手が腹部に空気を取り込むようなスーツを使用し、大会で好成績を収めていた例もあります。
これはルールを破っていたわけではなく、あくまでも規定の隙間をついたアプローチでした。
こうした事例に対応する形で、FIS(国際スキー・スノーボード連盟)は公平性を保つためにルールを見直しています。
日本ではまず、選手自身がトレーニングで実力を高め、その後で道具や技術に目を向けるという考え方が根付いています。
ルールの「グレーゾーン」を突くような行為は、あまり評価されません。
こうした価値観の違いが、ルールの受け止め方に影響していると感じます。
勝利のために何を重視するか、その優先順位に各国の文化が反映されており、それが「公平さ」の感じ方の違いにつながっているのかもしれません。
もちろん、明らかな違反は容認されるべきではありません。
今季の世界選手権では、ノルウェーの選手が試合直前にスーツに生地を追加し、検査を通過していたにもかかわらず失格となる事態がありました。
来年に開催されるミラノ・コルティナ冬季五輪においては、すべての選手がルールを順守した中で、真剣勝負が繰り広げられることを願っております。
公平性を考慮した大会運営で、心を揺さぶるような写真がたくさん残ることいいですね。










